深夜のトイレが長くなる夫

夜中の2時、夫がトイレから戻ってこない。

その違和感に気づいたとき、私の眠りは永遠に変わってしまった——。


もともと、眠りが浅いほうだった。

夫が夜中に起き上がる気配で、 うっすら目が覚める。 そのままトイレに行って、 戻ってきてまた眠る。

ずっとそういうものだと思っていた。

でもあるとき—— 気配が戻ってこないことに気づいた。

時計を見ると、午前2時過ぎ。 夫がベッドを出てからもう15分以上経っていた。

お腹でも痛いのかな。

そう思って、また目を閉じた。

でも眠れなかった。 廊下の先の、薄い光が気になって。


翌朝、さりげなく聞いた。

「昨日夜中、トイレ長くなかった?」

「そう? 気づかなかった」

夫はコーヒーを飲みながら、 あっさりそう言った。

それだけだった。

でも——それから私は、 夜中に目が覚めるたびに 確認するようになった。

隣に、夫がいるかどうか。

ある夜は10分。 またある夜は20分近く。

トイレにしては、長すぎる。

廊下に光が漏れているから、 スマホを見ているんだろうとはわかる。

でも——深夜に、こっそり。 誰に、何を、送っているんだろう。

その問いが、 眠れない夜をさらに長くした。


ある夜、思い切って廊下に出た。

トイレのドアの前で、 かすかに画面の光が隙間から漏れていた。

私は声をかけなかった。 ただ、そこに立っていた。

しばらくして、水を流す音がして、ドアが開いた。

夫は私を見て、一瞬——固まった。

「どうした? 眠れない?」

「うん、ちょっと」

「そっか」

それだけ言って、夫は先にベッドへ戻った。

その背中を見ながら、 私は廊下に立ち尽くしていた。


それから、眠れない夜が続いた。

夫の寝息を聞きながら、 天井を見つめながら、 ずっと考えていた。

深夜にスマホを見るのは、なぜ。 私が起きていない時間を、選んでいるのは、なぜ。

昼間じゃダメな理由が、 あるんだろうか。

見られたくないものが、 そこにあるんだろうか。

考えれば考えるほど、 眠れなくなった。

朝、鏡を見ると目の下にクマができていた。

「最近顔色悪いね」と 夫に言われた日、 私は笑って「疲れてるだけ」と答えた。

あなたのせいで眠れていないとは、 言えなかった。

言葉にしたら、 何かが崩れる気がして。


ある深夜、また目が覚めた。

隣は空だった。

私はそっと起き上がり、 廊下に出た。

トイレの光。 かすかな操作音。

私はその場にしゃがみ込んだ。

泣くわけでもなく、 怒るわけでもなく。

ただ—— この人は今、私じゃない誰かのことを考えているのかもしれない という確信が、 静かに、胸の中で固まっていった。


翌日、私は昼間ひとりになる時間に、 自分の気持ちをノートに書いた。

眠れないこと。 確認してしまうこと。 聞けないこと。 怖いこと。

書いているうちに、気づいた。

私はずっと—— 知りたいのか、知りたくないのか、 自分でもわからないまま 夜を過ごしていた。

でも本当は。

知りたくないんじゃなくて、 知った後の自分が怖いのだと。

それがわかったとき、 少しだけ、自分に正直になれた気がした。

怖くていい。 まだ答えが出なくていい。

でも、眠れない夜の原因から 目を背け続けることは—— もうやめようと思った。

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